
フランチェスコ2世(Francesco II, 1836年1月16日 - 1894年12月28日)は両シチリア王国最後の国王(在位:1859年 - 1860年)。あだ名はフランチェスキエッロ(Franceschiello)。前王フェルディナンド2世と王妃マリーア・クリスティーナ(サルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世と王妃マリーア・テレーザの王女)の間に生まれた。
1859年にマリア・ソフィア(オーストリア皇后エリーザベトの末妹、バイエルン公女)と結婚するが、子供には恵まれなかった。
1860年、イタリア統一戦争の際、ガリバルディの軍勢がナポリに着く前にガエータへ逃亡した。1861年2月13日にはガエータも降伏し、フランチェスコ2世はローマ教皇ピウス9世に匿われて教皇領であったローマへ逃れた。1870年にローマが統一イタリア王国に併合されるとパリに逃亡した。その後、当時オーストリア帝国領であったトレンティーノのアルコで死去した。
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