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フランソワ=ジョゼフ・フェティス(François-Joseph Fétis, 1784年3月25日 モンス - 1871年3月26日 ブリュッセル)はベルギーの作曲家・音楽教師・音楽学者。19世紀の最も影響力のある音楽評論家であった。『万国音楽家列伝 Biographie universelle des musiciens 』は、今日でも重要な音楽文献となっている。
エノー州モンスの出身。父親によって音楽教育を受ける。7歳にして作曲能力を発揮し、9歳にして地元のサント=ヴォードル教会のオルガニストに就任。1800年にパリに行き、パリ音楽院でボイエルデューやジャン=バティスト・レ、ルイ=バルテレミ・プラデールの薫陶を受ける。
1806年に、ローマ式典礼聖歌の、本来の形態の再発見と再確立を望んで、その校訂に取り組む。同時年、代表的著作となった『万国音楽家列伝』の執筆に着手する(発表は1834年)。
1821年にパリ音楽院教授に任命される。1827年にフランスにおける最初の音楽専門雑誌「ルヴュ・ミュジカル」を発刊。1833年、ベルギー国王レオポルト1世の要望で、ブリュッセル音楽院院長ならびに宮廷楽長に就任するためパリを去る。
ブリュッセル音楽院における定例演奏会の創始者でもあり、没年までその指揮を続け、音楽史や音楽美学に関する無料公開講座を開いた。歌劇やオラトリオから素朴な歌曲に至るまで、大量の作品を作曲しており、交響曲や協奏交響曲のような作品もある。
フェティスは作曲よりも、著作によって重要である。『作曲史詳説 Curiosités historiques de la musique 』(1850年パリ)や『音楽史 Histoire universelle de musique』(1869年-1876年パリ)のような歴史書と、イグナツ・モシェレスとの共著『ピアノ奏法の手引き Méthode des méthodes de piano』(1837年パリ)のような理論書がある。
同時代の作曲家に関する評論も有名である。「ベルリオーズ君の作曲したものは、われわれが音楽と認めることのできるような芸術には属さない。彼は、音楽芸術における最も根本的な能力に欠けているのだと筆者は確信する」。1835年2月1日に発行された『ルヴュ・ミュジカル』誌では、《幻想交響曲》について、「旋律に対する趣味というものがまるでない。リズムについて最も貧弱な概念があるだけだ。とりわけ感心しないやり方で音を積み重ねただけだけの和声法は、一本調子で、全く退屈である。」
ほかにワーグナーについても攻撃の手を緩めなかった。
フェティスの同時代の音楽についての批判的な論調は、反動的に見えるかもしれないが、音楽学的な著作は先駆的であり、19世紀としては異例なことに、自国中心主義(自民族中心主義)や現在中心指向の観点を斥けている。また当時の風潮とは違って、音楽史を進歩主義史観で捉えようともしなかった。音楽を、目標に向かって進むものとしてではなく、絶えず「変化するもの」として捉えようとし、良くなるのでも悪くなるのでもなく、絶えず新しい条件が付け加わるのだと見做していた。フェティスは、美術や音楽を作り出さない時代や文化というものはなく、時代や環境に見合った美術や音楽が存在すると信じていた。ルネサンス音楽だけでなく、ヨーロッパの民謡や、非西洋の音楽文化についても詳しい研究に取り掛かっている。つまりフェティスは、後に民族音楽学と呼ばれるようになった学術分野の基礎を築いたのであった。
死後、貴重な蔵書はベルギー政府によって買い上げられ、ブリュッセル音楽院の蔵書となった。歴史的な著作は、不正確な点が多いものの、それでもなお音楽史研究者にとって有意の資料となっている。
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