フランソワ・ボタ


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フランソワ・ボタ
基本情報
本名 フランソワ・ボタ
通称 ザ・ホワイト・バッファロー
階級 ヘビー級
国籍 南アフリカ共和国
誕生日 1968年9月28日(40歳)
出身地 南アフリカ、ウィトバンク
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 52
勝ち 45
KO勝ち 28
敗け 4
引き分け 2
無効試合 1
  

フランソワ・ボタFrancois Botha1968年9月28日 - )は、南アフリカ出身の男性キックボクサープロボクサー。元IBF世界ヘビー級チャンピオン。身長187cm、リーチ187cm、体重116kg。ニックネームは「ザ・ホワイト・バッファロー(The White Buffaro)」。輸入代理店を経営をしている。趣味はゴルフ(ハンデ6)、釣りフリーダイビング

パンチを打つ際に「ワン!ワン!」(あるいは「アウ!アウ!」「バウ!バウ!」とも聞こえる)と声を挙げながら打つのが特徴で、ほとんど得意のワン・ツーのみで試合を組み立てる。しかし、特に接近戦でのアッパー等に精彩を欠き、KOに持っていくだけの決め手に欠ける。本来はアウトボクサーである。

目次

来歴

ボクシング

  • 1990年2月11日デビュー戦となるジョン・バンジル戦から破竹の35連勝を飾る。
  • 1995年、36試合目にしてジョージ・フォアマンの王座返上により空位となったIBF世界ヘビー級王座をノーランカーのアクセル・シュルツと争い、判定勝ちで第11代王者となる。しかし、試合後の尿検査でドーピング使用が発覚する。ボタ陣営は、「腕のケガの治療のために医者から処方された薬に禁止薬物が含まれていたもので、故意ではない」と主張した。この検査結果を受けて、IBFはボタに罰金5万ドルを課したが、そのまま新王者と認定した。ところが、これに対しシュルツ陣営が米国で訴訟を起こしたため、この試合結果は無効試合に変更になり、ボタの王座も剥奪となった。この結果には議論のあるところで一時的にIBFに認められた期間があるため、ボタは元IBF世界ヘビー級王者という肯定派と故意か過失かは別として明確な薬物使用により試合自体が無効(遡及効)となっているのでボタはIBFを獲得していないとする否定派が存在する。一方のシュルツは、訴え通りに無効試合となったことで再び空位となった王座決定戦に出場したが、マイケル・モーラーに敗れた。ちなみにボタの一時的なIBF獲得を肯定するとしたらボタは「世界ランカーに一度も勝利せず世界王者を獲得」したことになる。
  • 1996年11月9日マイケル・モーラーの持つIBF世界ヘビー級王座に挑戦するが、12回TKO負け。
  • 1999年1月16日マイク・タイソンと対戦。1年半ぶりの試合となるタイソンに5回に捕まり、右一発でKO負け。このタイソンの一発でボタは首の骨がズレるほどの重症を負い担架で運ばれる。この試合は、1回終了間際にボタとタイソンが乱闘になり、リング上は両軍のセコンドが入り乱れての大混乱となった。しかし、試合後は両者が健闘を称え合った。この試合のボタの報酬は200万ドル。
  • 同年8月7日シャノン・ブリッグスと対戦。手数でボタが優勢も、ダウンを奪われて引き分け。この試合の両者の報酬は10万ドル。
  • 2000年7月15日英国レノックス・ルイスの持つWBC/IBF世界ヘビー王座に挑戦。2回TKO負け。
  • 2002年3月16日ドイツウラジミール・クリチコの持つWBO世界ヘビー級王座に挑戦。パンチを見切りカウンターを効果的に当てるなどしたが、8回TKO負け。
  • 同年7月27日、クリフォード・エティエンヌと対戦し、引き分け。

※この翌年からK-1参戦

  • 2007年7月6日、南アフリカで5年ぶりにボクシングへ復帰。WBFヘビー級暫定王座決定戦でボブ・ミロビッチを3-0の判定で破り、王座を獲得した。
  • 2007年12月23日アテネオリンピック金メダリストのオドラニエル・ソリスと対戦予定だったが、試合の一週間前にキャンセルした。

K-1(キックボクシング)

  • 2003年10月11日K-1へ参戦。デビュー戦で、シリル・アビディに反則パンチ(倒れた相手へのパンチ)を見舞い、反則負け。12月6日の決勝トーナメントでリベンジマッチを行うも、試合を優勢に進めながらもハイキックでダウンし、アビディに連敗を喫する。12月31日K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!藤本祐介と対戦し、左フックでダウンを喫して判定負け。
  • 2004年3月27日アジス・カトゥーと対戦し、開始早々にカウンターでダウンを奪われ判定負け。6月6日レミー・ボンヤスキーと対戦し、膝蹴りでダウンを奪われ判定負け。5連敗を喫する。
  • 2004年9月25日、『K-1 WORLD GP 2004 開幕戦』で、ジェロム・レ・バンナを相手にボクシング技術で翻弄し右のオーバーハンドでダウンさせる。3Rドロー判定後の延長戦に入る直前、バンナ自身が試合の続行を拒絶してのセコンドからタオルが投げ込まれ、TKO勝ちによるK-1初白星を挙げる。
  • 2004年12月4日、『K-1 WORLD GP 2004 決勝戦』の準々決勝では、ピーター・アーツが自ら放ったローキックで肉離れを起こし、2ノックダウンKO勝ちを収める。続く準決勝は王者レミー・ボンヤスキーをボディーブローで苦しめ試合を優勢に進めたが、試合終了数十秒前にハイキックによるダウンを奪われ、逆転で判定負け。
  • 2005年8月13日、K-1 WORLD GP 2005 in LAS VEGAS IIのスーパーファイトでマイティ・モーと対戦。開始早々の右フックでダウン。その後もパンチで3度のダウン。1R1分20秒でKO負け。
  • 2006年3月5日、レミー・ボンヤスキーの代理として急遽K-1 WORLD GP 2006 in AUCKLANDのスーパーファイトに出場しレイ・セフォーと対戦。判定負け。
  • 2006年10月14日、南アフリカで開催されたAfrican Bomba-YaaでFFKAサウスアフリカチャンピオンであるEspedito Silvaと対戦し、2RでKO勝ちを収める。
  • 2008年3月30日、韓国で開催されたThe KHANにおいてガオグライ・ゲーンノラシンと対戦し、判定勝ち。

総合格闘技

戦績

ボクシング

プロボクシング 戦績
52 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
45 28 2 1
4

キックボクシング

キックボクシング 戦績
14 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
4 3 1 0 0 0
10 1 8 1
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ガオグライ・ゲーンノラシン 3R終了 判定3-0 The KHAN 2008年3月30日
Espedito Silva 2R終了 TKO African Bomba-Yaa 2006年10月14日
× ユルゲン・クルト 3R終了 判定0-3 K-1 SCANDINAVIA Grand Prix 2006 in Stockholm 2006年5月20日
× レイ・セフォー 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2006 in AUCKLAND 2006年3月5日
× 武蔵 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2005 in OSAKA 開幕戦
【1回戦】
2005年9月23日
× マイティ・モー 1R 1:20 TKO(右フック) K-1 WORLD GP 2005 in LAS VEGAS II 2005年8月13日
× レミー・ボンヤスキー 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2004 決勝戦
【準決勝】
2004年12月4日
ピーター・アーツ 1R 1:13 KO(右もも肉離れ) K-1 WORLD GP 2004 決勝戦
【準々決勝】
2004年12月4日
ジェロム・レ・バンナ 3R終了時 TKO(タオル投入) K-1 WORLD GP 2004 in TOKYO 開幕戦
【1回戦】
2004年9月25日
× レミー・ボンヤスキー 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2004 in NAGOYA 2004年6月6日
× アジス・カトゥー 3R終了 判定0-2 K-1 WORLD GP 2004 in SAITAMA 2004年3月27日
× 藤本祐介 3R終了 判定0-3 K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!! 2003年12月31日
× シリル・アビディ 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2003 決勝戦
【準々決勝】
2003年12月16日
× シリル・アビディ 1R 0:19 反則(倒れた相手へのパンチ) K-1 WORLD GP 2003 開幕戦 ALL STARS
【1回戦】
2003年10月11日

総合格闘技

総合格闘技 戦績
1 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
0 0 0 0 0 0 0
1 0 1 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× 秋山成勲 1R 1:54 TKO(腕ひしぎ十字固め K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!! 2004年12月31日

主な獲得タイトル

  • 第11代IBF世界ヘビー級王座
  • 初代NABA北米ヘビー級王座
  • WBFヘビー級暫定王座
  • トランスバルヘビー級王座

関連項目

外部リンク

空位
前タイトル保持者
ジョージ・フォアマン
第12代IBF世界ヘビー級王者

1995年12月9日 - 1995年10月12日(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
マイケル・モーラー






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